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コメントが欲しくて記事を書くのか? -読んでもらいたいから記事を書く-

ブログをはじめて、しばらくは誰かが読んでくれているのかどうかもわからない。

アクセスログを見ると、ゼロではない。でも本当に誰か読んでくれているのだろうか?

ある日、新しい記事を書こうとして気がつく。

「あれ?昨日の記事に何かついてるぞ」

昨日の記事に、感想が書かれている。はじめてコメントをもらった。

「うれしい。読んでくれた人がいるんだ!」

この時うれしいのは、多分コメントの内容ではなく、記事に反応があったことだ。

喜んで返事を書く。「コメントありがとうございます」

今度は、他の人のブログを見て、自分からコメントを書く。

返事が来た。そのブログの人が自分のブログに来てくれた。

それを毎日繰り返すようになる。

こうしてコミュニティが完成する。

おそらく、ブログ初心者のコメント交流というのはこういうことではないか?


気がついたら深い森の中にいた。自分以外はどこに誰がいるのかわからない。

木々をかき分け、さまよっていると人の声が聞こえた。

「おーい!誰かいるのかー?」

合流したその人たちも、道にさまよっているのだった。

一人でいるより安全だ。行動をともにして、みんなでさまよう方がいい。


わかるんだけど。

ブログを継続させるためには必要なのかもしれない。でも、そのままでは永遠に、さまよったままだ。

おーとえす氏が4月にいい事を書いている。

ファンブログを始めてすぐの頃、足あとには数人のユーザーが見え、アクセスも一応ゼロではないんだが、全くコメントが来なくて悩んでいた。俺のブログ全然読まれていないな、と。

ブログを始める前、調べ物などをしていてブログなどを訪ずれた経験はあるだろうか。おそらくあるはずである。その時、そのブログの善し悪しに関わらず、コメントをした経験はあるだろうか。俺はない。なかった。そう考えれば自分のブログにコメントが付かないのも十分理解できる。コメントを来れる人なんてめったにいないのだ、と。

ブログが読まれない? 読まれているよ、意外に - ファンブログハック」より


誰かが読んでくれている。それを信じて自信を持て!


コメントだけがレスポンス(反応)ではない


このブログでは、アフィリエイトで物が売れるようになるためのヒントは書くけど、答えは書かないと宣言している。

リンク元 google.co.jp クエリなし

上の記事にも、たくさんヒントを入れたつもりだ。そして、序盤に書いたヒントを見逃している人は多いと思う。

7位と8位は面識のない人のブログなので、伏せてあります。

これはアクセスを上げるためのスゴいヒントのつもり。スパムが増えると思ってサラッと流した。それでも今から書いてしまうんだけど。

面識のない、知らない人が自分のサイトで紹介してくれただけで、アクセスが増えている。

これは自分だけでなく、これまた、おーとえす氏も言及している。



ここ数日で、このブログを紹介してくれた記事は

ファンブログについて | 小龍屋」と
預金総額67億円突破間近!! | 楽して稼ぎたい〜お小遣い稼ぎ情報局〜
(日付順)

その記事経由で、ここに来てくれた人がいる。

コメントを書いて、返事をもらっても、来てくれるのは返事をくれたその一人だけ。でも、記事で紹介してもらったら、多くの人が来てくれる。コメントは、読者が誰でも残せるが、記事で取り上げる事が出来るのは、ブログの持ち主だけだ。どちらが価値のあるものだろう?

コメントが欲しくて記事を書くのか?

そうじゃない。読んでもらいたいから記事を書く。

では、何を読んでもらいたいのか?誰に読んでもらいたいのか?

対象がハッキリしないから、与えるインパクトも、おぼろげになる。インパクトがないから、反応もない。誰にも影響を与えない記事は、そのまま埋もれる。埋もれるということは、もう読まれないということ。

コメントをもらえても、読んでもらえるのが「その日に書いた記事だけ」だったら、ガッカリしないか?

コメントめぐりというのは、ある意味ブログの存在確認だ。ちゃんと更新されているかどうかの確認だ。

「おーい!誰かいるのかー?」

一人ではないという安心感は持てるだろう。でも、最新記事にしか興味をもってもらえない。


検索される記事は常に誰かに読まれている


古くても、埋もれない記事というのはある。それは検索される記事だ。

そして、そういう記事は誰かの記事で取り上げられやすい。お気に入りにも登録されやすいだろう。それがブラウザのお気に入りではなく「はてぶ」(はてなブックマーク)だったりしたら、そこからまたアクセスが増える。

更新さえすればコメントがもらえるコミュニティ。一度そういうコミュニティに入ってしまうと、自分に甘さが出る。何を書いても反応があるんだから、楽になる。いい記事を書けなくなるとは思わないが、向上心はなくなるだろう。

誰かに読んでもらいたいからブログを書く。その誰かとは、いつもそばにいる仲間だけでいいのか?


コメント欄とはディスカッションの場ではないのか?


先日の記事「webkuによるとファンブログの1日の表示数は8104ページ」を公開したら、数字がおかしいとコメントで指摘された。指摘してもらえたので、記事冒頭に「お断り」を追加できた。このように、コメント欄とはディスカッションの場ではないのか?

おかしいと思ったら「おかしい」と言う。そうあるべきではないのか?

存在確認の群れから外れたくないので「おかしい」と言えないのだとしたら、それはコメントとして機能していない、無駄なものだ。

この記事は、コメントのやりとりを否定しているように読めるかもしれないけど、そうではない。使い方が違うんじゃないかと言っている。下の記事は、ちょうど1年前に書いた記事だけど自分では、この記事と全然矛盾していないと思っている。

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