2018年09月06日

2018年9月5日午前3時24分

9月4日の午後5時頃に電話があり
お父さんがかなり危険な状態なので
すぐに病院に来てくれと言われ
弟と弟の彼女と自分と嫁さんで行きました。
妹はすでに病院についていたので。

病院について担当医師からの説明を受けました
現在人工呼吸機の酸素濃度はほぼ100%でやって
薬で血圧をなんとかあげている状態。
意識はなし。

敗血症に肺炎との事。
医師の説明が終わりICUへ。
お父さんの心臓の脈拍というのでしょうか
80
血圧は80/40

血圧を上げる薬を使うと一旦300以上まで上がりますが
そこから数分で125/65と普通の血圧まで
戻されます。

病院に泊まりという判断になりまして
夜中の2時頃
医師が部屋に来て懸命にやっておりますが
心臓はすでに2回止まり血圧の薬も投与しつづけて
人工呼吸機も。

心臓が止まる度に心臓マッサージや電気ショックで
なんとか心臓を動かしはじめた状態。

医師からは
これ以上痛めつけてまで少しでも命を繋ぐか
また危ない状態になっても処置をやめるかの
選択が出されました。

迷いがないというと嘘になりますが
もう父さんは十分頑張ったし
苦しい思いしてまで数時間命を繋ぐなら
もう楽にしてあげたほうがいいんじゃないかと

自分は弟と妹に言って二人も了承しました。

そして午前3時10分頃に呼ばれ
危篤状態に。
心臓が止まる瞬間を見届けなきゃいけないんだ…

血圧の薬の投与はやめて人工呼吸機のみ。
ICUの中に入り父さんのとこへ行ったら
血圧は70/38
心臓の脈拍80〜70
みんななんとか揃って
父さんの体に手をおいて祈る思いでした。

そしてどんどん弱まる心臓の脈拍…
21分頃に0と表示され止まってしまいました…
みんなめちゃめちゃ泣いてしまったら
また心臓の脈拍が少し動いたのですが
その後1分以内に0に。
血圧は60/32

そして医師が様々な確認をして
午前3時24分に亡くなりました。

我慢していた涙は溢れて人生で一番泣きました。

そして機械は全て外されて綺麗にしてから
また父さんのとこへ。

父さんに全く機械的な物がついてないのは
久々に見ました。

父さんの顔を見ると苦しみから解放されたからなのか
少し笑っているように自分には見えました。


感染症になってから抗生物質やらご飯食べれないやら
色々続いていて
その時の父さんを思い出すと大丈夫とは父さんは自分で言ってましたが苦しそうなのが続いていましたし。

手術して回復しては悪くなるを何回も繰り返していたので相当辛かったはずです。

そして丸1日が経ちました。
知らない事も多々あり昨日色々な手続きや
葬儀の手配などをしました。

葬儀は日曜日に。

書いてると色々思い出して涙が出てきますが
お父さんの闘病ブログはこれで終わりになります。

あとは葬儀後に書いていけたらと。

お父さん本当に今まで僕らをここまで育てるのに
一生懸命働いてくれてありがとう。
本当は辛かった事はいくらでもあった事でしょう。
それでもそれを見せないお父さん。
本当にお疲れ様でした。

ありがとう…
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