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2009年02月06日
『翔儀天使アユミ〜成淫連鎖』 居車喬編 part2

翔儀天使アユミ〜成淫連鎖』 居車喬編

いなづまこと様作


居車喬は泳ぐのが好きだ。とにかく泳ぐのが好きだ。三度のご飯より泳ぐのが好きだといってもいい。











「ボク、実はお魚の生まれ変わりなんだ」











小学4年の時つい周りにこぼしたこんな与太を、クラスメート全員が信じて疑わなかった。それほど喬は泳ぐことが大好きだった。
夏休みになれば市民プールに毎日通い、夏休みが明けても市民プールに行った。
おかげで肌の色は年がら年中真っ黒け。親からは女の子なんだからもう少し自重しなさいと何度も言われたがそんなことは関係ない。むしろ喬にとって日に焼けた肌は勲章だった。
進学先を天童学園に決めたのも、ここが一番施設が整ったプールがあったからである。はっきり言って小学六年中盤での喬の学年レベルでは、天童学園を合格することは限りなく無理なものだったが、そこは四当五落どころか三当四落ぐらいの猛勉強で、見事天童学園に合格することができたのだ。
そして、泳ぐというより水の中でダンスをするというような水泳部など眼中無しに、喬は弱小を以って知られる競泳部に入ったのだ。
真っ黒な肌と引き締まった四肢。見るからに泳ぎが速そうな喬に競泳部の担任は気色ばんだ。とうとううちに救世主が現れた。と。

ところがどっこい。そうはならなかった。
喬は泳ぐのは大好きだったが、『速く泳ぐ』ことはそう得意ではなかったのだ。確かに一般平均よりは速いのではあるが、飛びぬけて速いというわけではないのだ。はっきり言って競泳部員の中に喬より速い人間は何人もいた。それを知った担任の落胆は相当なものだった。
でも、やがて喬は競泳部にはなくてはならない存在になった。確かに泳ぎは速くはないのだが、誰よりも楽しく水泳に勤しむ姿は他の人間も見ていて気持ちのよいものだったし、喬本人の裏が全くない底抜けに明るい性格は敵を誰も作らなかった。


結果、競泳部のムードメーカーとして喬はその位置を確保し、一応平均以上の速さは持っているために大会にも顔を出すようになった。
そして、二年の二学期以降は競泳部の主将となり、引退した今でも放課後になるとプール通いを続けているのである。

そして、喬は競泳部元主将という顔のほかにもうひとつの顔を持っていた。
彼女は正義の意思キングジェネラルに選ばれた翔儀天使の一人であり、この世界の平和を乱す異世界の侵略者の魔の手から仲間と共に戦ってきたのだ。
もっとも、それも先日悪の権化の玉王が滅ぼされ一時的な休業状態になっていた。
このことは喬にとって世界に一時的な平和が来た喜びより、水泳にかける時間がたくさん増えたことへの喜びのほうが大きかった。なにしろ、玉王がいた時には泳いでいる真っ最中に呼び出しがかかることもあったからである。








「喬ちゃん。今日もプールに寄って行くの?」














隣のクラスで同じ翔儀天使である歩美が、着替えを持ってプールに急ごうとする喬に呆れたように話し掛けた。
「私たち、一応受験生なんだから…。いくらここが中高一貫校だといっても、高等部へ行くにはちゃんと受験があるんだよ?」
「大丈夫大丈夫!ボクは一夜漬けは得意なんだから、やばい時になったらちゃんと勉強するよ」
さすがに付け焼刃で猛勉強して実際に中学受験を突破しただけはある。喬は訳の分からない自信で胸を張った。
「勉強は夜でも出来るけど、プールに入れる時間は今しかないんだ。ボクは一日でもプールに入れないと、もう気分がたまらなくなっちゃうんだからさ」
うずうずと体を震わせる喬は、今すぐにでも話を切り上げてプールに直行したがっているように見える。
ここまでくると、もう立派な中毒だ。








「ねえ、歩美も一緒に行かない?泳ぐのはとっても気持ちいいよ?なんなら、水着も貸してあげるからさ」












果たして彼女は学校に何着も水着を持ってきているのだろうか?
この申し出に、歩美はすこし躊躇いを見せた。
「え……、いいの……?今、プールは競泳部とかが使っているんでしょ?」
この時期のプールはもう一般開放されておらず、部員以外の生徒が使用することは原則として禁止されている。
だから、歩美が入ることは規則上出来ない事になっている。歩美の懸念はもっともなことだ。
だが、喬はあくまでも能天気に笑いながら答えてきた。
「大丈夫大丈夫!それを言うならボクだって本当はもう部員じゃないし、それでも毎日泳ぎに行っているんだから。
いざとなったら元部長権限で通しちゃうから問題なし!」
まあ、確かに喬は部を引退しているから部員ではないといえるが、それにしても酷い屁理屈ではある。
「ねえ、行こうよ。受験勉強ばっかりしていたら気分もどんどん萎えてきちゃうよ?
ちょうどいい気分転換になると思うし。ね?」
ぐいぐいと袖を引っ張る喬に、さすがに歩美は困った顔をしていたが、
「まあ…、ちょっとぐらいならいいかな……」
と、ついつい同意をしてしまった。
「よしっ!じゃあ早速行こう!今行こう!すぐ行こう!!」
意気揚揚と歩美を引っ張りながらプールへと駆けて行く喬の後姿を見ながら、歩美は心の中でほくそ笑んだ。








(まあ、ちょうどいいかもね。今頃、プールでは風子が……)













歩美が浮かべた薄ら黒い笑みは、喬には死角になっていて見えることはなかった。

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