2013年06月16日
愛の起源を知る為に、穢れの無い自由を求めた人間が知る本物の性の純粋な感情とは・・・
皆さんこんばんは。
最近、新宿で友達との飲み会において、日本酒ばかり飲んでしまい、周りの人が、「そんなに飲み過ぎて、千葉まで帰れる」と心配してくれているにも関わらず、「大丈夫!大丈夫!!」と調子に乗ってしまった挙句、飲みすぎてしまい、翌朝、気がつけば見知らぬ天井を見つめてながら「心の中でやってしまった!!!」と己の嫌悪感と罪悪感に、その日一日、包まれてしまった僕がお送りするNO,movie NO,life!!のお時間でございます。
さて、こんなロックスターみたいな?前ふりで始まった僕の映画ブログなんですが、
今夜お送りする作品は、ある一人の青年が、東西冷戦時代に性転換手術をして東ドイツからアメリカへとやって来たものの、手術のミスで残された股間の「怒りの1インチ」に苦悩し続けながらも、ロックシンガーとして活動を続けていく物語、「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」でございます。
今回ご紹介する「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」という映画なんですが、僕の視点から見てみると、全編を通して彩られるアーティステックな要素を交えての様々な描写が魅力的でもあるんです。
もちろん、本編で使用される楽曲の世界観もそうなんですが、他にも、彼の心情をカラフルな「クマのグミ」という対象物に置き換えて描写することで、普段僕らが何気なく、触れて食べて見ているものですら、この映画の世界に加われば、幻想的でもあり不思議な存在として表現されてくるんです。
そして、一番印象的なのが、「普通ではない」という前提として物語が描かれているので「ロック」な生き方や、「ロック」としての音楽・・・それに囚われた1人の人間の半生が、どこか芸術的でもあり、普通ではないという縛りに常に囚われた感情を曲に込め思いを剥き出しにして歌うシーンは、今作の見どころかもしれません。
しかも、あの浜崎あゆみもこの作品を見て、「鳥肌が立った」と感想を言って、その後、彼女は「私にはヘドウィグみたいに歌う事は出来るのか?と、同時に嫉妬した」ともラジオで言っていたんですね。
それぐらいインパクトのある映画でもあるんです。
それではここで旧東ドイツ生まれの性転換ロック・シンガー、ヘドウィグが、幼い頃に母から聞いたプラトンの「愛の起原」にあるような自分のかたわれ(=愛)を探して全米各地を巡る物語、「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」のストーリーをご紹介しましょう。
全米各地を旅する売れないロック歌手のヘドウィグは共産主義体制下の東ドイツで生まれた。
幼い頃のある日、母親から「愛の起源」についての話を聞かされる。
アメリカ軍人ルーサーに出会い恋に落ちるまで、ヘドウィグはハンセルという名の男性だった。
母親はルーサーと結婚しアメリカに渡れるよう、彼に名前とパスポートを与え、性別適合手術を受けさせたのだが手術は失敗し、股間には「怒りの1インチ(アングリー・インチ)」が残されてしまう。
そして2人はアメリカへ渡ったのだが、ルーサーは最初の結婚記念日の日ヘドウィグのもとを去っていってしまい彼は一人孤独となってしまった。
それはベルリンの壁崩壊の日でもあった・・・・
絶望に暮れるヘドウィグは、昔抱いたロック歌手になる夢を思い起こし、韓国軍兵の妻たちを引連れバンドを結成する。
アルバイトをしながら身を繋いでいたある日、同じくロックスターに憧れる17歳の少年トミーと出会い、
ヘドウィグは彼を誰よりも愛しロックの全てを注ぎ込んだが、とうとう性転換の手術痕がばれて別れてしまう。
彼は作った曲をすべて盗んだ挙句ヒットを飛ばし、いまや人気絶頂のロックスターに登りつめていた。
ヘドウィグは自分のバンド「アングリー・インチ」を引きつれトミーの全米コンサートを追いかけながら巡業し、愛を捜し求めていくのだが・・・・
そして、彼は再びトミーと出会い何を思い何を伝えるのだろうか?
最近、新宿で友達との飲み会において、日本酒ばかり飲んでしまい、周りの人が、「そんなに飲み過ぎて、千葉まで帰れる」と心配してくれているにも関わらず、「大丈夫!大丈夫!!」と調子に乗ってしまった挙句、飲みすぎてしまい、翌朝、気がつけば見知らぬ天井を見つめてながら「心の中でやってしまった!!!」と己の嫌悪感と罪悪感に、その日一日、包まれてしまった僕がお送りするNO,movie NO,life!!のお時間でございます。
さて、こんなロックスターみたいな?前ふりで始まった僕の映画ブログなんですが、
今夜お送りする作品は、ある一人の青年が、東西冷戦時代に性転換手術をして東ドイツからアメリカへとやって来たものの、手術のミスで残された股間の「怒りの1インチ」に苦悩し続けながらも、ロックシンガーとして活動を続けていく物語、「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」でございます。
今回ご紹介する「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」という映画なんですが、僕の視点から見てみると、全編を通して彩られるアーティステックな要素を交えての様々な描写が魅力的でもあるんです。
もちろん、本編で使用される楽曲の世界観もそうなんですが、他にも、彼の心情をカラフルな「クマのグミ」という対象物に置き換えて描写することで、普段僕らが何気なく、触れて食べて見ているものですら、この映画の世界に加われば、幻想的でもあり不思議な存在として表現されてくるんです。
そして、一番印象的なのが、「普通ではない」という前提として物語が描かれているので「ロック」な生き方や、「ロック」としての音楽・・・それに囚われた1人の人間の半生が、どこか芸術的でもあり、普通ではないという縛りに常に囚われた感情を曲に込め思いを剥き出しにして歌うシーンは、今作の見どころかもしれません。
しかも、あの浜崎あゆみもこの作品を見て、「鳥肌が立った」と感想を言って、その後、彼女は「私にはヘドウィグみたいに歌う事は出来るのか?と、同時に嫉妬した」ともラジオで言っていたんですね。
それぐらいインパクトのある映画でもあるんです。
それではここで旧東ドイツ生まれの性転換ロック・シンガー、ヘドウィグが、幼い頃に母から聞いたプラトンの「愛の起原」にあるような自分のかたわれ(=愛)を探して全米各地を巡る物語、「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」のストーリーをご紹介しましょう。
全米各地を旅する売れないロック歌手のヘドウィグは共産主義体制下の東ドイツで生まれた。
幼い頃のある日、母親から「愛の起源」についての話を聞かされる。
アメリカ軍人ルーサーに出会い恋に落ちるまで、ヘドウィグはハンセルという名の男性だった。
母親はルーサーと結婚しアメリカに渡れるよう、彼に名前とパスポートを与え、性別適合手術を受けさせたのだが手術は失敗し、股間には「怒りの1インチ(アングリー・インチ)」が残されてしまう。
そして2人はアメリカへ渡ったのだが、ルーサーは最初の結婚記念日の日ヘドウィグのもとを去っていってしまい彼は一人孤独となってしまった。
それはベルリンの壁崩壊の日でもあった・・・・
絶望に暮れるヘドウィグは、昔抱いたロック歌手になる夢を思い起こし、韓国軍兵の妻たちを引連れバンドを結成する。
アルバイトをしながら身を繋いでいたある日、同じくロックスターに憧れる17歳の少年トミーと出会い、
ヘドウィグは彼を誰よりも愛しロックの全てを注ぎ込んだが、とうとう性転換の手術痕がばれて別れてしまう。
彼は作った曲をすべて盗んだ挙句ヒットを飛ばし、いまや人気絶頂のロックスターに登りつめていた。
ヘドウィグは自分のバンド「アングリー・インチ」を引きつれトミーの全米コンサートを追いかけながら巡業し、愛を捜し求めていくのだが・・・・
そして、彼は再びトミーと出会い何を思い何を伝えるのだろうか?
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