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シュミルソン
達郎マニアであります。ついにサンソン超常連になりました。カジュアル、シューズ、コスメ等を扱う小さな広告会社やってます。ゴルフは竹林隆光さんにクラブセッティング90点いただきながら未だに100叩いたりしてます。ハワイでゴルフしてシャワー浴びてビール飲むと寿命が5年延びるというのが持論です。オオーベイベー!
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2020年03月01日

超私的マイフェイバリット外人プロレスラー ベスト10

昨年末の予告からやっとこのネタいってみます。

今も昔も男の子は(大人もか)多かれ少なかれプロレスが好きになります。
この私も例外ではなく、思い出せば祖父の影響が強かったかな?
昭和30年代後半、じーちゃんと一緒に茶の間のテレビで見た記憶が残ってます。毎週金曜日の夜8時の日本テレビはディズニーアワーとプロレスが一週おきに放送されていました。
力道山の記憶も何となくあります。ジャイアント馬場はまだ若手で、豊登、芳の里、吉村道明の時代。
馬場で思い出すのは大阪球場?で行われたジン・キニスキーとのタイトルマッチ。(何のタイトルだったか覚えてませんが)日曜日の昼間に中継があって、白黒画面に吸い込まれる様に見た記憶があります。キニスキーのメリケンサック(分かります?)のパンチで馬場のデカい胸板から流血していたことが、子供の時自分にとって衝撃でした。
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さて、今回のテーマは外人レスラーです。
ある時を境に何故だか分かりませんが、日本人レスラーより外国人レスラーを応援する様になりました。
もちろん外人レスラー誰しもを応援する訳ではありません。そこで今回の「凝れば凝るほど」では自分が好きだった外人レスラーベスト10とその思い出を書き綴ってみたいと思います。
あと、当然ですが2000年代いや1990年代以降のレスラーは全く出てきませんので、そこんとこ宜しくお願い致します。

第10位 バーン・ガニア 絶対的決め技 スリーパーホールドの使い手バーン・ガニア。絞め技でギブアップを奪うって凄い。
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プロレスってほとんど試合のパターンが決まってますけどそれでいいんです。そのパターンに持ち込む過程、そしてお決まりの結末を楽しむ。それがプロレスってものですから。


第9位 キラー・カール・コックス "Killer Karl Kox" KKKですね。悪役として敢えて米国民の憎しみを買うリングネーム。その後も湾岸戦争の時にGREAT HOSSIEN ARABとかもっと遡ればグレート東郷とかいましたね。
それはともあれカール・コックスと言えばブレーンバスターです。彼がブレーンバスターの開発者とのことですが、彼の場合は担ぎ上げた相手を脳天からマットに落とすという恐ろしいもの。しかし、なぜ故に担ぎ上げられた相手は両足をピンと揃えて真っ直ぐ上げるんでしょう?まあ、それもプロレスって事で・・・。Unknown-2.jpegUnknown-1.jpeg


第8位 マスクド スーパースター 悪役を演ずるには美男子が故にマスクを被ったという変わったパターンのレスラー。大型なのに身のこなしが軽く、得意技のランニングネックブリーカードロップは非常に高さがあり強烈なダメージを与えたのでした。
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第7位 ホースト・ホフマン 我ながら渋いセレクト。これぞ「プロ」レスラーでしょう。バックの取り合いから関節技に流れる様に移行。サイドスープレックス、セコバックブリーカー(ボーアンドアロー)レッグシザース・・・。こ書くためにYouTube見ましたが、痺れますねぇ。
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第6位 ダイナマイト キッド 休むことなくとにかく動き回る。この思いっきりの良さ、見ていてひやひやするほど。それは相手の受けるであろうダメージもそうだし、技をかける自分自身も怪我をしやしないか見ていて心配になった程です。身体を張るとは彼のこと。まさにダイナマイト キッド=爆弾小僧であります。
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第5位 バロン・フォン・ラシク ラシクの得意技はなんと言っても「クロウ」。相手の頭、顔面、胃袋を5本の指で鷲掴みにするだけの単純な技。個人的に好み(笑)のワザで、この使い手としてはフリッツ・フォン・エリックが第一人者ですが、自分はラシクが好みでした。初めてテレビで見た試合の印象が強烈で、190cmを超える日本人選手(ロッキー・羽田)をリング内からトップロープ越しに片手でその頭を掴んで、リングにひき吊り込んだのは衝撃でした。そして羽田の頭からは5筋の鮮血が・・・!またラシクのもう一つの得意技ブレーンバスターは、前述のKKK同様相手を脳天からリングに落とすという必殺技でした。ただそこからフォールには行かず、ブレーンクロウでギブアップさせるのが彼の流儀でした。
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第4位 ビル・ロビンソン 人間風車ビル・ロビンソン。彼の代名詞ダブルアームスープレックスは相手がリングにたたき落とされるギリギリまでフロントネルソンを離さない危険な技。
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ワンハンドバックブリーカー、フロントスープレックスなど多彩な投げ技が魅力を放ち、関節技にも長けていた。その黎明期から80年代まで、日本のプロレスは日本人vs外国人対抗の構図だったのが、ロビンソンを知った時は日本側のエースとして活躍していた記憶がありました。超私的な体験としては、当時の両国日大講堂で行われた対ジャンボ鶴田戦を観戦にいった際、鶴田を担ぎ上げたロビンソンは結構リングに近い席にいた我々の方を見て、ニヤっと笑ったのを40年以上経った今でもハッキリ覚えています。そしてショルダーバスター(担ぎ上げた相手の方を自分の膝に落とす技)を装ってツームストーンパイルドライバー、そのまま脳天をリングに叩きつけて3カウントを取ったのでありました。

さていよいよベストスリーであります。

第3位  ディック・マードック ブレンバスター!と叫んで相手の腕を自分の首の後ろに掛け頭に腕を巻き付ける、もう一方の片手を相手のリングタイツを掴み高々とその身体を垂直に差し上げる。すると古舘伊知郎は「アブナイ、アブナイ」と絶叫。そこで自ら腰砕けの様に尻餅をつく。すると差し上げられた相手は脳天からマットにめり込み失神する。倉持隆夫は「テレビをご覧のよい子の皆さん、この真似だけは絶対にしないで下さい」o0490083913749374129.jpg20131230njpw2.JPG

他にもオクラホマスタンピート、カーフブランディング等々大技で我々を魅了してくれました。
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見よ!この藤波の表情


第2位 ブルーザー・ブロディ  一番強いプロレスラーは誰か?と言う問に真っ先に出てくるのはブロディでしょう。
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初来日の時だったと思いますが全日本プロレス新春恒例のバトルロイヤルで、真っ先に狙われ一挙に何人もに覆い被されフォールされた際、カウント2で少なくとも5人をはね飛ばしたのには驚きました。デカイ上に引き締まった身体から繰り出されるドロップキック、コーナーポスト最上段からのニードロップは破壊力抜群と言う表現を超越し戦慄が走りました。けれど、自ら流血を演出したり不可解な試合放棄など理解しがたい一面も持ったレスラーでした。
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第1位 スタン・ハンセン
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自分にとってハンセンの一番の魅力はその間髪を入れずに技を繰り出すスピード感。相手をロープに飛ばしてニーパット、倒れたところに間合いを取らずエルボードロップ、引き起こして再度ロープに飛ばして戻ってくるところをエルボーパッド
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こんな事さえありました。相手がハンセンの130キロの身体をやっとのことでバックドロップすると、先に起き上がってドロップキックを放ったのは投げられたハンセンなのです。攻め込まれてどんなにダメージを負っていても、そのままリングに倒れ込むことなく、必ず立ち上がって反撃する痛快な姿勢に魅了されました。本人いわく「筋肉増強剤等を一切使わず真の身体の強さでここまで戦ったのは自分だけだ」

そして今回の投稿をこの映像で締めくくりたいと思います。


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2020年02月09日

グラミー賞とCITY POP

最近25年振りくらいでWOWOWと再契約しました。
ちょいとビジネスの絡みでグラミー賞観る必要あったんです。

ちなみに以前の際は、オートバイのワールドGP観るための契約だったんですけどね。
ガードナー、ローソン、シュワンツ、レイニー、ドゥーハンの時代でした。

で、2020グラミー賞 ビリー・アイリッシュ。 グリーンに光るGUCCIカッコ良かったです。
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あとはLIZZO、アリアナ・グランデ、テイラー・スイフト・・・正直さっぱり分かりませんわ〜(汗)

音的に殆ど聴いていないので何ともコメントのしようがありませんが、う〜んどうなんでしょう?
以前このブログでも書いている様に、1970年代前半に最もシンパシーを感じている自分にとっては、ひと言で言えばどれも音像が暗いです。リズムが殆ど人力じゃない=打ち込みばっかり。
でもしょうがないか、時代の趨勢?
それにロックンロール無いなぁ。でもグラミー賞ってロック部門ってあるみたいだからロックバンドはいるんでしょうけど。
ロックって流行ってないのかな?今の20代30代の人には。

そういえば去年Superflyのライブ観に行ったんですが、正直いうと面白くなかった。
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あんなブログ書いたボクにとってもね。
それは、彼女がロックンロール、ハードロックもっと言えばローリングストーンズやらなくなっちゃったからなんです。バラードばっかで。アップテンポの曲もボクに言わせりゃありきたりでロックンロールしてない。
でも大多数のファンにとっては今演ってる音楽こそが彼女の魅力なのでしょう、きっと。
ボク以外にもSuperflyについてブログ書いている方いらっしゃいますが、結局はシングルヒットした曲の紹介ばかりになっちゃう。
Superfly 蔦谷じゃダメなんですよ、多保孝一じゃないと。

それは兎も角、自分の趣味としてはグラミー賞 音的に全く響きませんでした。

ところで、この数年巷で話題になっているCITY POPであります。
1980年前後の日本の<都会派>ロック〜ポピュラーミュージックが海外で話題になっているらしいんですが、
きっかけはこの曲。

韓国のDJがYouTubeにアップしてから4700万回以上が世界中で再生され、そのコメントの殆どが海外からのものだったり。時を同じくして大貫妙子のアナログを探しに来日したアメリカ人青年がテレビで紹介されたり。
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このアルバムは来日外国人が探されているものの筆頭ではないでしょうか?

自分なりにその理由を考えてみました。
今回のグラミー賞をみても感じられる暗い音像と打ち込みやサンプリングばかりのリズムがベースの楽曲に対し、80年前後の洋楽志向の和製ポップス(死語)=「CITY POP」のグルーヴに富んだ人力のリズムと抑揚に富んだメロディ、そして綺麗なコーラスがそう言う音に初めて接した人達にとって、極めて新鮮に感じられているのではないでしょうか?
またそもそも今から40年も前の音作り=特にそのアレンジと録音が今聴いても全く古臭くありません。よく言われる「普遍的」なサウンドなのです。アナログ録音だったせいなのでしょうか?
(もちろんすべてが良かった訳でも普遍的な曲作りをされていた訳でもないし、今聴くと情け無い楽曲もありますが)

逆に90年前後の多くのポピュラーミュージック、ロックが洋・邦とも、今聴くと耳障りが悪く特にリバーブ(残響音)が不自然、もっと言えば不快に聞こえます。デジタル録音のせいなのでしょうか?それとも当時はその手の音像が好まれたのかな?
自分は単に1人の音楽ファンであって、作り手ではないので的確な説明は出来ませんが、一部のミュージシャン、レコーディングエンジニア達は2000年くらいからはデジタルを如何にアナログ=自然な音に近づける事に心血を注いでいるという話しも読んだことがあります。

まあ、小難しい事は置いといて、ひと言でいえばCITY POPは軽快で耳に心地よいサウンドだった、それが一部のDJ、マニアに発掘されて多くの人に受け入れられたと言うことですね。


私は今まで80回このブログで、あーだこーだ書いてきた訳ですが、どうしても「かつてはこうだったんだよ」という話しになりがちです。前回のフォードvsフェラーリもしかり、DEEP PURPLEの話しもしかり。それがともすれば自分より20歳、30歳、いやもっとお若い方にどう受け入れられているのか?が少し心配になる事があります。
でも、昨今のこのCITY POPブームに接するにつけ、60〜80年代前半の話しを若い人たちにもここでするのも意味あるかな?なんて思い始めています。
そう言う観点からすると山下達郎が40年前と基本同じ音楽をステージで同じ様に歌い、生音で演奏していること、そしてそれが今の20代30代にも非常に好意的に受け入れられている事は、時代が変わってもいいものをいいと捉える感覚は変わっていないんだなと思いました。

そう言えば10年くらい前にこんな事が有りました。
当時我が社には「クラブ」でDJやってた社員がおりまして、結構人気があったようです。そんな彼に1976年のDoobie BrothersのアルバムTakin' to the StreetWheels of FortuneRioを聴かせたところ、「これヤバイっすよ!」「貸して下さい」って言って「クラブ」で披露したところ「とてもウケた」そうです。このアルバムはその彼が生まれる前の音源でした。
いちど聴いてみてください。皆さんの耳にはどう聞こえるのでしょうか?

事ほど左様に上質な音楽というものは、作られてから何十年を経たとしても時代の試練に打ち勝って、古臭くならないのです。
でも音楽というものは極めて個人的な趣味性が高いもので、例えばこのドゥービーズのRioに対して、いつも三代目みたいな打ち込みとファルセットばっかり聴いている若い女性には全く馴染めないのかも知れません。でもそれは仕方がないことだとは思ってますけど。

これから自分は自分自身まだまだ知らない過去の名曲を発掘し、それを楽しみ、さらにはこのブログを通じて、共感してもらえる人に発信できればと思います。更には新しいミュージシャン、新しい曲でも「いいものはいい」と受け入れられればいいですね。サブスクやシャザムなど便利な世の中になりました。










2020年01月13日

FORD v FERRARI

凝れば凝るほど」本年もよろしくお願い致します。

昨年末にお知らせした次回の予告では「極私的外人プロレスラーベスト10」だったんですが、昨日観に行った映画「フォードvsフェラーリ」でちょいと思ったこと、そして思い出したことがあったので、そっちを先に書いてみたいと思います。
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スターウォーズ最終章とどっち観ようか迷ったんですが、スターウォーズはしばらく上映続くだろうから、てんでFordに行きました。

で、まずはこのブログに接していただく際にこの曲を聴いて頂きながらお読みください。


この映画の主人公はマット・デイモンクリスチャン・ベールなのですが、自分にとってそれ以上にフォードGT40が主役であり、それだからこそ「凝れば凝るほど」で取り上げている訳であります。

自分は漫画雑誌全く読まないので、今、例えば少年マガジンがどんな内容になっているのか知る由ありませんが、1960年代後半、毎週読んでいた小学生の頃には漫画の他にスポーツ選手(特にプロ野球)やカーレースの特集が巻頭のカラーグラビアで取り上げられていました。
この映画にも出てくるダン・ガーニーやリッチー・ギンサー、ロジャー・バックナムなんて名前も少年マガジンで知りました。
そしてこの映画の主役フォードGT40も、その当時正にリアルタイムの少年マガジンの巻頭グラビアでその姿を記憶に焼き付けてきました。だからこの映画のテレビCMを見かけた時 おお!っと思った訳なのです。
10歳の男の子にとって思いっきり車高の低いレーシングカーはカッコイイ以外の何者でもなく、正に憧れの対象でした。
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この映画のメインステージは1966年のルマン24時間レース。そしてタイトルからしてこの「FORD GT40とFerrari P330対決の構図」なのですが、どうせ「フォードvsフェラーリ」ってタイトルは日本版だけのものであって、オリジナルタイトルは違うと思ってたら FORD v FERRARIなんですね。映画全体を通してみるとこのタイトルちょっと違和感あります。

ストーリー自体はこれからご覧になる方のために伏せますが「実話に基づいて」なので、当時小学生だった自分の記憶(少年マガジンからの)と事実確認のために今のウィキペディアで調べた史実とを合わせて、このレースとその周辺状況を思い出すままに書いてみたいと思います。

結果的にこのレースに優勝するブルース・マクラーレンは足が悪くハンディを背負っていたため、ルマン式スタートで出遅れます。ところで現在まで続くF1チームのマクラーレンは彼が創始者なのですね。
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フォードGT40は排気量7000ccというのが時代を感じさせますが、なんとOHVエンジンなんですね。それで7000回転廻るって驚異的ですね。ちなみにフェラーリP330は当然のごとくDOHC 12気筒 で排気量は4400cc。

レース結果はフォードの1,2,3フィニッシュだったのですが、続く4〜6位に入ったのが2000ccの6気筒で健闘したポルシェカレラ6だったのがとても印象的でした。
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このカレラ6は同年の富士スピードウェイで行われた日本グランプリで走ったのをテレビ中継で見た覚えがありますが、子供心にもとにかくカッコ良かった。SFの世界の宇宙船がごときガラスコックピットとガルウィングドア、ホィールハウスは盛り上がり、縦長のヘッドライトカバーなどなど。今でも写真見ただけでワクワクします。
当然、プラモデルも作った覚えが有ります。
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その日本グランプリでカレラ6とデッドヒートを繰り広げたのがプリンスR380
一昨年たまたま銀座4丁目の交差点を通りかかった時、日産ギャラリーに展示されていた赤いレースカーが・・・
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いや感動、興奮。おもわずコンパニオンのオネーさんに逆解説しちゃったりして(汗)
ちなみにプリンス自動車はこの翌年日産に吸収合併されて、翌年の日本グランプリはニッサンR380になりました。

ところで当時はスロットレーシングカーが大流行していた時期で、住んでいた西荻窪にも「西荻サーキット」と「日東サーキット」って二つのスロットレーシング場あって自分も足繁く通ったものでした。でもこのポルシェカレラ6のスロットレーシングカーは無かったと思います。自分はロータス30ジャガーDタイプを持っていました。
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そもそもスロットレーシングカーってご存知ですか?
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こんなコースで1/24スケールのモーターを積んだプラモデルを走らせるんです。コースには細い溝が刻んであり、その両側にスチール製の通電レールが貼ってあって、そこから電気をレースカーが金属製のブラシを通じてモーターに供給。その電圧(電流?)の強弱でスピードをコントロールする仕組みになっていました。
そのコントロールをするリモコンが「スロット」だった訳です。ボディとシャシーはTAMIYA製、モーターはマブチ製の独占状態だったと記憶しています。

話はだいぶ横道にそれましたが、この映画自体はフォード社、フェラーリ社の当時置かれた経済的状況や、主演の2人がこの物語に至るまでの経歴(これが大事)にあまり時間が割かれていないため、ある程度の予備知識を得てから見た方が良いかな?と思いました。
また、レースシーンがちょっと物足りないというか、現在のSFX技術だったり、ドローンの活用などもっと本物らしく作れなかったのだろうかという不満は残りました。実際のF1レースやWGPの中継を見慣れたレースファンにとっては尚更だと思います。
そういった意味ではより人間ドラマに重きを置かれた映画だと感じました。

自分にとって一番印象に残ったのは、クリスチャン・ベールが劇中何度も見せる下から相手をのぞき込む様なこの仕草、表情でありました。
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と言う訳で私のFORD vs FERRARIの感想は以上であります。

じゃなかった、ひとつたいへんな事を忘れておりました
実はクリスチャン・ベールの表情よりもっとイカシてる事がこの映画であったんです。最初に貼り付けたyou tubeの音源、これぞ この映画のテーマソング「ポーク・サラダ・アニー」のオリジナルなのです。映画ではインストですが、やっぱこれじゃなくっちゃね。この曲エルビスがカバーして一般に広く有名になりましたが、やはりこのトニー・ジョー・ホワイトのオリジナルが最高です。せめて映画のエンドロールの時に歌入りのオリジナル流してくれたら良かったのにね。
もう一回聞いてくださいね。






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2019年12月31日

プリントパックが凄すぎる

今年も残すところあと1日。
例年同様ドタバタの年末で年賀状も当然まだ書いてません。
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日本郵政さんも色々あって、頼りは嵐しかない?!

だいたい原稿作ったのが3日前。プリンターも殆どインク切れ状態。
プリンターのインクって高いんですよね。
聴いた話だけど、プリンターメーカーってハードウエアは殆ど儲けが無くって、実はインクで利益だしてるんですってね。
じゃあどうするって、自分ちの年賀状もあのプリントパックに頼んでみようかな。
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こんなタイミングで間に合うの?最終注文日12月27日だけど。
でも年賀状は例外って書いてある。
で、28日夕方にデータをプリントパックのHPに貼り付けて送信すると・・・
(しかもこの入稿のシステムが凄く分かりやすくて使い易いんです。)
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当日深夜から翌日にはもうこんなメールが次々と届きます。
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つまり夕方にデータ送って、その日のうちにデータ確認〜印刷〜発送
そして翌日お昼前には印刷されたお年玉付き年賀ハガキが自宅に到着!
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しかも、京都で印刷されているんです。


これって凄いと思いません?
さらに驚くべきは、官製葉書代含めて100枚で8,000円!もちろん送料込みのお値段。
って事は印刷代1,000円ちょっとってこと?!

で、出来上がった年賀状のネタバレ
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強いて難点探せば、テンプレートのデザインが新婚さん、赤ちゃん誕生向けばっかなことで、シンプルなデザインや写真裁ち落としに文字加えるパターンがなくて、こっちで版下作らなきゃいけないこと位でしょうか?
ウチは自分じゃできないんで娘にイラレで作らせましたけど・・・。(笑)

実は、今年仕事でカタログ作る際にプリントパック使ってみたんですが、その時もその速さと値段に驚きました。だってそれまで使っていた印刷所の1/3の値段。校正もちゃんと出て赤字修正もバッチリ。
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これじゃあ普通の印刷屋さん敵うわけはないよね。

我々の広告業界もご多分に漏れずですが、厳しい時代になりました。

と言うわけで、本年も私がごときの拙いブログにお付き合い頂きまして、厚く厚く御礼申し上げます。

来年のブログ、新春第一弾は「超私的、好きな外人プロレスラーベスト10
ご期待下さい!(たいした内容じゃないですけどね、きっと)


この時期、こんなマフラーを作りました。フリース2枚重ねでかなり暖かいです。
「幸せの赤いマフラー」よろしくお願いしま〜す。
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https://readynow.stores.jp/items/5def65aca551d54894c206f3





2019年12月01日

これでいいわけ無いじゃんねぇ

昨日は土曜日だったけど、ちょっと仕事があって夕方に新宿へ行きました。
6時半に仕事終わって、ちょっと気になる映画があったのでググったら7時からピカデリーでやってる・・・。
あれ?一日に一回しか上映されてないの?
上映開始15分前に券売機にたどりついたら、残り3席だって?! しかも最前列、人生初!ショッキング
(でも意外と観易かった)

で、これを観ました。
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東京新聞記者 望月 衣塑子(もちづき いそこ)さんのドキュメンタリー映画
この告知にあるように今年の6月に公開された映画「新聞記者」(これも凄く混んでいました)の基となった実録であります。
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彼女の事をご存じない方には、いつも菅官房長官の記者会見時にシツコに(しつこく)質問を繰り返している女性と言えばお分かりになるでしょうか?
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i -新聞記者ドキュメント トレイラーはこちら
https://www.youtube.com/watch?v=VE7j2bvKwU8&feature=youtu.be
https://www.youtube.com/watch?v=doIsxXXKasU


で、この映画の中で自分が共感した部分、興味を持った部分をいくつか紹介します。

・菅官房長官に対して望月記者が質問する際、司会役の上村秀紀報道室長によって妨害されている状況を映像と音声で開示。
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この右側の人。いかにも東大出のキャリア(憶測)って風体ですね。

・菅官房長官の明らかに人を見下した態度とあまりにも素っ気ない返答。

最近の「桜を観る会問題」の会見を観ていると特に思いますが、この人いつも発言が他人事ですよね。
「・・・と聞いております」「・・・だと思います」「・・・は差し控えます」ばっかり。あなた日本国内閣の代表でしょう?

伊藤詩織さんの裁判
この事件についての内容はいちいち書きませんが、女性にクスリ盛って意識失わせて強姦するなんて最低な男の極地。そして彼女は本当に勇気がある女性。
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敢えて書きますが、彼女ここまでの容姿じゃなければこの問題は起こらなかったとは、誰も心の中で思っているでしょう。この事件、敢えて犯人と呼ぶけど山口敬之はボク個人的にも絶対に許せない。

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そもそもこんな汚いオヤジにこれほどの女性が「同意の上」とか有るわけ無いじゃんねぇ。
そしてこの事件を自ら持つ日本最高権力で無かったことにしたもう一人も同罪、いやもっと悪質だと思うけどね。

ところでこの映画は先の上村室長やテレビや雑誌ではぼかし入れられている安倍総理の「お友達」の写真や実名が多く開示されますが、コイツ山口敬之の名前だけはテロップが出なかったのは何故なのでしょう?

前川喜平氏 この人は改めて信頼に足ると思う。それと話が上手い。個人的には政治家になって欲しい。
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・産経は言うに及ばず、読売新聞がもう完全に安倍内閣の御用報と化している。「現場の記者は悔しいだろうな」と言う発言がでてきたけど、忖度は役人だけじゃなくマスコミにも蔓延している。これって本当に恐ろしいことだと思う。

ボクはこのブログで政治的なこと書くつもりなかったけど、森友/加計学園問題からこのところの桜を観る会問題に接するに及び、あまりにも身勝手な現政権/首相のやり方は「これで許される訳無いじゃんねぇ」(田畑政治=阿部サダヲ風)と思って、この映画を観たことを機会にちょいと書いてみたわけです。

今回の桜を見る会に反社やジャパンライフをお招きしたことでアウト/退場になることを切に望んでおります。













2019年11月10日

中野サンプラザの悲劇から・・・その3

前回、前々回と山下達郎さんの7月の中野サンプラザ公演が風邪で中止になった後、幸運にも当選した大阪公演に行ったお話をしました。

その後、これは絶対に達郎さんならやってくれるなと信じてたんですが、サンプラ中止分の救済ライブのお知らせが届きました。
当初どうやっても代わりの会場とメンバーのスケジュールが合わない、って言ってたんですがね。
まあ、色々やって調整がついたんでしょう。

で、会場はラインキューブ渋谷。ってなんじゃそりゃ?
あ、渋谷公会堂なんですね。
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以前の渋谷公会堂よりちょっと手前、公園通り沿いにその名の通りキューブ=立方体の建物。
キャパシティは1957人。サンプラよりちょっと少ない様ですが、サンプラ公演参加予定者には当然優先的にチケットがあてがわれ希望者は全員収容出来たようです。メデタシメデタシ。

ところがここで一つ問題が。
渋谷公会堂って21時に公演終了しなきゃいけないらしい。
山下達郎のコンサートって、最低3時間演るんです。
ってことは夕方6時に公演開始。でも今回は月曜日と火曜日。
平日公演が5時開場6時開演にしなくちゃなんない。

当日は4時過ぎに早々仕事切り上げて渋谷に向かいました。
で、公園通りを上ってLINE CUBEに入ると・・・
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あらら。
そうだ、LINEですものね。
こいつもいました。
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客席に入ると・・・
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木製のウォール、フロア、シートがいい感じ

で、6時ちょうどにコンサート開始。
「今日明日はサンプラキャンセルのお客さん全員を収容出来ました」
「島根から広島移動中のバスが寒くて、そこですぐにホテル行って寝てればいいものをお好み焼き行って風邪ひいてしまった」「今回全51公演で今日の48本目。今までの47本は今日のためのリハーサルでした」で客席大歓声。
演目については、大阪公演とほぼと言うかオーケストラのカラオケ一曲が差し替わった以外は一部の曲順が変わったのみで、結局3時間10分で終了しましたが、曲間のトークでは達郎さんの毒舌が炸裂。
「2019年の渋谷で21時以降音出させない、はあり得ないだろう!」
「ここの支配人は理解があるのに、その上の木っ端役人がうるさいんだ。でそう言う奴は顔を出さない。自分はずっと渋谷区に住んでいて税金払ってるんだ。そこの2〜3席はそのお金で作っているんだ、出てこいよ!」「明日もあるので今日はこのくらいにするけど、明日はもっと言ってやる」

音響については「こんなオペラ形式のホールは本来好きじゃないんだけど、思いのほか音がライブでいい音がする。札幌の新しいホールはデッドで良くなかった」「このステージに立っていると場所は少し移動しているけど、以前の渋谷公会堂の気を吸っているのを感じる」
実際、NHKホールはおろかフェスティバルホールよりいい音でしたね。
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ステージセットはこんな感じ。
今回気が付いたことは、ステージ右前に置かれている達郎さんが使うエレピがずっと使っていたフェンダーローズピアノではないこと。ヤマハ製ですかね。今年から?去年もそうだったかな?
サンソンにハガキ出してきいてみよう(笑)
しかし、音楽のステージセットでこんな演劇っぽいのは他のミュージシャンであるのかな?達郎さんのライブは毎年違っていて、今年はどんなのだろうって楽しみです。

セットリストについては大阪フェスティバルホール公演の際と違った部分だけメンションしてみます。

3曲目 ドーナッツソング 本編の前のお遊びが「さよなら夏の日」から「世界の果てまで」に変わってました。「冬の気配が近づいてくる」。季節感に合わせたんでしょうが、あれ?なんか歌詞が引っかかってると思ったら、「慣れないことやるから間違っちゃった」ですって。でもその台詞を演奏しながらパってアドリブで言えちゃうのが凄い。
ところでこの曲の舞台は正にこのホールの至近なんです。今は無くなってしまいましたが、渋谷公園通り沿いにはミスタードーナッツがあったんですね。そこからここ渋谷公会堂に向かって上り坂で・・・。
♬夏の公園通りが揺れる。まるでカタパルト燃える風と転がる坂道

「きょうはなかなかいい出来だ」

5曲目 PAPER DOLL ソロ回しが前回のギター〜エレピ〜ハモンドに加えて、宮里陽太のアルトサックスが加わりました。

13曲目 SMOKE GET IN YOUR EYES からHAVE YOURSELF A MERRY LITTLE CHRISTMASに変わってました。

17曲目 BOMBER 基本同じでしたが、後半の達郎さんのカッティングが舞台下手にある袖まで出てきて延々と続きます。その袖に何故かドアがあってその扉開けたんですけど、どう言う意味があったんでしょう?ひょっとしてドアの中にギター弾きながら入ってしまうのかな?なんて思ったんですが、ワイヤレスじゃないからそれはむりですよね。

18.LET’S DANCE BABY
心臓に指鉄砲のクラッカーに対しては「今日は多い!」
後半の竹内まりやメドレーの最後に、一瞬あれこの曲なんだっけ?って一節が歌われましたが、今月27日発売のニューシングル「RECIPE(レシピ:グランメゾン東京テーマソング)」でありました。
♬幸せのレシピで幸せを作ろうよ


と言うわけでアンコール含めて3時間10分、LINE CUBE SHIBUYA 渋谷公会堂での TATSURO YAMASHITA PERFORMANCE 2019 1日目は、最後に達郎さんのこの言葉と共に大団円を迎えました。

「殺伐とした世の中で音楽の場だけは寛大さと寛容さと思いやりといたわりを持っていきましょう」











2019年10月11日

中野サンプラザの悲劇から大阪フェスティバルホール行ったお話 その2

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前回は、中野サンプラザ公演が達郎さんが気管支炎になって中止になった後、幸運にも一般抽選で当選した大阪公演に、京都観光からフェスティバルホールにたどりついた所まで書きました。

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まずはフェスティバルタワー地下のインディアンカレーで腹ごしらえ。

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そしてレッドカーペットステアウエィを登ると・・・
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さあ、いよいよ山下達郎PERFORMANCE 2019が始まります。

その前にグッズの購入。
今年はツアーパンフのみ。ちなみに去年は「金達郎飴」なんてものを買いましたけど。
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席はちょっと残念な3階席(__;)
でもこのホールは上に高いって変な表現ですが、ステージはそれほど遠くなく・・・。
達郎さんが曰く「天から拍手が降ってくる」は、自分たちが降らせてる訳ですね。

開演前の客入れBGMはお馴染み 達郎さん所蔵のドゥーワップのレア音源。
80年代からずっと流されているこれらの音源を3枚のCDにまとめて、昨年販売されました。
なんと8月の発売と同時にAmazonのR&Bチャートを独占し、更には昨年のレコード大賞企画賞も獲ったんです。DWN.jpeg

開演予定時間ほぼピッタリの18時05分暗闇のセットには、達郎さんこれもお馴染みのひとり多重アカペラが鳴り始め、会場は一気に歓声に包まれ、ドラムの小笠原拓海さんを先頭にバックバンドメンバー9人が現れます。
そして拍手と歓声が一層高まり、最後に山下達郎さんが現れます。
達郎さんが下手を見ながら左手を挙げると、間髪を入れずに達郎さん自身のギター1982年からずっと使っているブラウンのテレキャスターの16ビートカッティングが奏でられ、ここから3時間以上にわたるライブの始まりです。
達郎さん今回のシャツの色は緑色。グリーンは自分が知る限り初めてでした。

では、当日のセットリストに沿って、超私的インプレッションを書き綴って行きましょう。

1.SPARKLE
定番のオープニング曲。82年に放映されたサントリービールCMで初めて聴いた事が私が達郎ファンになったきっかけでした。この辺りはアーカイブに詳しいので割愛します。エンディングのスキャットも滑らかで、今日は声の調子も良さそう。
ちなみに何故このSPARKLEがオープニングに演奏されるかと言うと、コンサートをドラムのカウントで始めなくていいからだそうです。

2.あまく危険な香り
 この曲も再開後のツアーでは演奏される事が多いと思います。こう言うミドルテンポの曲を聴くと、実にこのバンドの「巧さ」を実感できます。

3.ドーナツ・ソング
 ボ・デドリービートが心地よいドーナッツソングは久しぶりに演奏されました。この曲のお楽しみは後半にこのビートの名曲メドレーが聴けることですが、何故か今年は本編の前に「さよなら夏の日」がこのビートで歌われました。後半ではWillie and Hand Jive (Jhonny Otis)、ハンドクラッッピングサンバ(大滝詠一)「右手左手あわせりゃ音出る拍手手拍子」

4.土曜日の恋人
 2~3年前のライブで初めて演奏されたこの曲は、自分にとって数多い好みの達郎作品の中でもOne of my most favoriteナンバーです。前回演奏された際のMCで、以前のドラマーはこの曲をライブで演奏することを頑なに拒んだと言ってましたが、何故でしょうか?青山純はダメだけど小笠原拓海はOKの理由は?まあ小笠原さん、達郎さんにやれって言われりゃ拒否る事はあり得ないけれどね。今度聞いてみようかな?なんちゃって。

5.Paper Doll
 メンバーのソロ回しが延々と続くペーパードールは、私の様にバックバンドの演奏も達郎ライブを楽しむ重要な要素として捉えているファンにとっては、楽しみな一曲。今回はギター佐橋佳幸〜ローズピアノ難波弘之〜ハモンド柴田俊文のソロが8小節(違ってたらごめんなさい)ずつ何度も繰り返されるという新しい趣向でした。

6.FUTARI
 難波さんの素敵なピアノイントロから始まる3拍子のバラードは、達郎さんの数多くのバラード作品の中でも最も好きな一曲です。途中から入ってくるハルナさん、ENAさんのバックコーラスも素敵です。この女性バックコーラスは2015年から参加してますが、とてもチャーミングでバンドサウンドが若返りました。日本最強のコーラスオタク山下達郎の見立てですから悪かろう筈がありません。
ところでアルトパートの一見麻生久美子似のENAちゃんは、オーディションを受けるまで山下達郎の楽曲はRIDE ON TIMEとクリスマスイブ以外知らなかったんですって。「オーディションでSPARKLEの譜面渡されて歌ったけどその曲も知らなかった」ってそれ凄いな!

そしてこのバンドメンバー9名は、当然と言えば当然ですが全員初見がきくんですね。達郎さん全員分のパートの楽譜を自分で書いて渡してるんですって。1994年に佐橋佳幸さんがバンドメンバーに初参加した時、楽譜が音符で真っ黒に埋まっていて「目が点になった」らしいです。

7.サウスバウンドNo.9
 ある意味、今年のセットリストでコアなファンからは最もウケた曲ではないでしょうか?初めてライブで演奏されるこの曲は「従来ではライブで再現不可能だった」ナンバーとのこと。
11月に発売されるキムタク主演の日曜劇場主題歌のカップリングで早くもこのライブ演奏を聴くことが出来ます!

8.君は天然色
 「自分はもう大滝詠一さんが亡くなった年齢を超えてしまいました」のMCから「大瀧さんがこの曲オマエにあげるよと言ってくれたこのナンバーを」で披露されたのが、くちびるつんと尖らせて・・・でした。

9.REBORN
 昨年に引き続き歌われたリボーンは、イントロのステレオ感あふれるエレピから続く歌唱と、ハルナさんのバックコーラスがとても印象的でした。

10.セールスマンズ・ロンリネス
 達郎さんのエレピ弾き語りのこの曲も、ライブにかけるのは2回目。達郎さんの愛娘えりちゃんと行ったハンバーガーショップはモスバーガーだったんですね。

11.La Vie En Rose
 定番のひとり多重録音のテープに乗せて歌われるアカペラコーナー、今年はドゥーワップではなかったですね。この薔薇色の人生と
12.Bella Notte
 生まれて初めて観に行った映画がわんわん物語で、というMCから、日本版のDVDが発売される際にディズニーの指名でこのベラノッテのアカペラ版をレコーディングしたと言う逸話が話されました。

13.Smoke Get in Your Eyes
 オーケストラのカラオケでよく唄われる煙に目が染みるですが、今回の歌唱は特に素晴らしかった。本当に滑らかな声で、最後のハイノートのロングトーンも余裕でした。山下達郎66歳、恐るべし!(笑)

14.クリスマス・イブ
 誰でも知っているクリスマスイブは毎年必ず演奏されます。「初めてライブに来るお客さん、この一回しか来られないお客さんに対して聴いて頂く責務がある」と

15.蒼氓
 重いテーマのこの曲は、同様のテーマの希望という名の光とテレコでセットリスト必ず加えられてきました。ここ数年は、希望という名の光メインで歌われていましたが、今年は蒼氓メインで。
途中People Get Ready [Curtis Mayfield]〜Blowin’ In The Wind [Bob Dylan]〜希望という名の光がメドレーで歌われます。

16.Get Back In Love
 サックス宮里陽太のアルトのプレイが際だっていました。最近は自身のカルテットではテナーも吹いていますが達郎ライブではアルトメインでソプラノとバリトンサックスを演奏します。ライブで歌われるこの曲でいつも気になるのは、最後の「AGAIN」(アゲイン)を(ア ゲン)って歌うこと。今回もそう歌ってましたが、何故だろう?「復活ラブ」の歌唱指導で嵐に「(エンジェル)じゃなくって(エィーンジェル)って歌いなさい」ていってたのにね。
 
17.BOMBER
 最近巷で盛んに話題になっている「シティポップ」に対してこんな事を言ってましたよ。
ハマオカモトさんが代弁してくれてます(笑)

18.LET’S DANCE BABY
 この曲本編に続く定番のメドレー、今年はジャニー喜多川さん追悼ジャニーズメドレーでもやるかな?なんて思ってたんですが、奥様のデビュー40周年記念で・・・
 不思議なピーチパイ〜もう一度 〜けんかをやめて〜リンダ 〜純愛ラプソディ〜毎日がスペシャル〜すてきなホリデイ〜元気を出して
そして以前はずっとロイ・オービソンのMean Woman Bluesをこの曲の〆にやっていたのを、昨年から自身が近藤マッチに提供したハイティーン・ブギに「ウケ狙い」でやってくれました。

20.アトムの子
 ここで本編終了。途中で夾まれたのは今年はアンパンマンマーチでした。
 ところでこの曲のリズムを聴きながら拍を遅らせて手拍子を打ち続けるのって凄く難しいんです。

アンコール
21.プラスティック・ラブ
 この曲こそ「ジャパニーズシティポップブーム」の火付け役、YouTubeで3000万以上の再生回数を誇る今や世界的ヒット曲は、達郎さん自身のライブ盤にも元々収録されていた訳で、ある意味今年のライブで演奏されるのは必然だったかも知れません。今回の左側の3階席からは小笠原さんのスティックさばきがよく見えたのですが、この曲のビートをバスドラと共に右手一本だけでハイハットを叩いていると言う事実を目の当たりに出来ました。以前ラジオのインタビュー番組で前任者の青山純さんが、達郎さんのこの難しいリクエストに対してさらっとこなした逸話を聴いた事ありましたが、目の前で小笠原さんもこなしているのを見て嬉しくなりました。

22.硝子の少年
「ジャニー喜多川 レスト・イン・プレイス」の一声から演奏されました。

23.Ride On Time
毎回この曲の呼び物は、なんと言ってもマイクを外した生声を聴かせてくれること。フェスティバルホールの3階席まで十分届く生声は、曲の途中で「だんだんエスカレートして、梯子に登らされるは、お立ち台を作られるは・・・」と笑カシをやってくれます。
あと、メンバー紹介もこの曲で各人のソロ回しで行われます。毎回難波さんのピアノと佐橋さんのギター、そして伊藤広規さんのベースソロは楽しみなんですが、最近ここがちょっと短くて不満です。
佐橋さんの「哀愁のヨーロッパ」や広規さんの「呪われた夜」また聴きたいな。

24.Down Town
いよいよライブもファイナルに近づき、バックコーラスの三谷泰弘さんもクラビネットを弾き、サックスの宮里さんもパーカッションを叩くと言ったメンバー総動員体制で盛り上がります。

25.Last Step
「今日は前半エヘン虫が出たので、オマケやります」でオマケ定番のこの曲のギタ−弾き語り。
でも今日はMCで前半少し声がかすれていましたが、歌はエヘン虫全く出た様には感じませんでしたけどね。

25.YOUR EYES
そしてラストナンバーも決まってこの曲。ひとり多重アカペラで奏でられるユア・アイズ。歌う前に必ずハーモニカで一瞬音出してから始まります。実は達郎さん絶対音感ないんですって。
間奏部分に宮里さんのアルトサックスソロを夾んで、The one who make my dreams come true.でエンディング。
「今日は本当にどうもありがとう。おやすみ!」で3時間10分に及ぶ TATSURO YAMASHITA PERFORMANCE 2019は大団円を迎えます。
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今回もつらつらと書いてきましたが、文章で読んでもこれを一度でも見聞きした人じゃないと何が何だか分かりませんよね。
当然です。こればっかりは実際にライブに行かないとね。
他の誰々のライブより良いの悪いの(悪いわけないですが)言うつもりは毛頭ございませんが、個人的にはこれこそが自分が体験してきた最高の生歌唱と最高のライブ演奏であることは信じて疑いません。
だから是非皆さんにも体験していただきたいんです、こんな素晴らしい大衆音楽が現在の日本に存在することを。
でもねぇ、チケット買えないんだよね、滅多なことじゃ。




やっとパーカーの季節です。色々とお得なセールアイテム目白押し。
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2019年09月23日

中野サンプラザの悲劇から大阪フェスティバルホール行ったお話 その1

2008年のツアー再開以来、毎年参戦している山下達郎ライブ
今年のPerformance 2019 は全50公演中ファンクラブ枠で7月12日の中野サンプラザをまずはキープ。

さあいよいよ明日に迫った11日の夕方、一通のメールが・・・・
そこには、
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オイ、ちょっと待ってくれ!何じゃこれは!?

山下達郎ファンはみんな大人ですから、ネットでも達郎さんのカラダの気遣いばかりですが、私としては
「突然私の目の前は真っ暗」(竹内まりや 涙のワンサイデッドラブ)「ボクはどうすればいい」(山下達郎 THE WAR SONG)「雨は手のひらにいっぱいさ、そうさ僕の心の中も」(シュガーベイブ 雨は手のひらにいっぱい)状態。
その後は仕事も手につかず、ってのは決して大げさな表現ではなく。
青春時代好きな女の子にふられた気分が蘇り・・・。

ところで、私のオフィスは九段下駅至近なのですが、九段下駅は武道館最寄り駅ゆえライブの当日には夕方5時頃になるとその日の出演アーティストのファンが集まります。
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若い女の子ばかりの日は最近で言えばあいみょんやMIWAだったり、妙齢の女性が多い日は平井堅だったりします。矢沢永吉の日はもう大変です。こんな方々で九段下が埋め尽くされます。
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達郎中止の当日夕方にも、九段下周辺には楽しそうなお顔をなさった女性が沢山いらっしゃいました。
でも、今夜はやけに平均年齢が高いぞ?と思ったら・・・
その方達の手には氷川きよしの応援グッズが。
ああ、その笑顔を拝見するにつけ、なんてボクは不幸なんだろうって。

その後鬱屈とした毎日を過ごしていた私のもとに一通のメールが!

大阪フェスティバルホール 9月16日当選

もうこうなったら地方だろうが平日だろうが絶対行くもんね!と思って出しまくった抽選チケット、聖地大阪フェスティバルホールが当選!

ところでご存じない方のために説明致しますと、山下達郎のライブチケットが何故ゆえこれほど貴重というか、取り難いかというと、ドームやアリーナでは絶対にライブやらないからなのです。武道館でもやりません。
何故なら、達郎さん曰く「あんな所で観るライブは、音楽鑑賞じゃなくてパーティだ」からなのです。
自分の音楽はお客さんひとりひとりと相対して聴いて貰いたいからで、それには2000人程度が限界なのだそうです。東京ドーム50,000人で一回やればサンプラザ20回分になる。その方が主催側もずっとコストパフォーマンスいいことは分かっていても山下達郎は決してドーム、アリーナでは自身のライブを行いません。
例えば大宮では決して埼玉スーパーアリーナ(定員37,000人)ではなく大宮ソニックシティ(同2,505人)なのです。
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「死んでもやらねえ」はステージMCではかなり毒舌になる達郎さんの実際の発言。
copyright 松野由紀子 マオニャン先生事後承諾でスンマヘン。よろしくお願い致します。平謝り‍♂️

話しは戻って、幸運にも26日祝日大阪公演に当選〜折角だから早く大阪っていうか京都観光してから大阪に移動する事に。京都好きなんです。
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のぞみに乗って京都に向かいます。

まず向かったのは洛南の東福寺
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緑あふれる素敵なお寺さんでした。
記憶では子供の頃はともかく、物心ついてからここを訪れるのは初めてだと思います。
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この苔がいいのよ〜、なんて大瀧詠一さんみたいな事を言っております(笑)
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次はお馴染み伏見稲荷。中国人いっぱい。
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四条でフルーツサンド食べてから阪急で大阪に向かいます。
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でついにやってきました中之島の大阪フェスティバルホール
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このフェスティバルホールは2013年に再建されたもの。
1958年に建設された旧フェスティバルホールが建物自体の老朽化により立て替えが発表された折には、達郎さんは自身のラジオ番組サンデーソングブックで「ここを壊すのはカーネギーホールやオペラ座を壊すのと同じこと。愚行です」と語り、事実立て替えの実情を調べるために自身で大阪まで出向いた程の日本を代表をする音響の良さを誇っていた名ホールでした。あのカラヤンが自国オーストリアにホールごと持って帰りたいと言った逸話があるほどなのです。自分にとってみると1972年8月の歴史的ライブ DEEP PURPLE LIVE IN JAPANの7曲中5曲はここで録音されたもの。あのハイウエイスターやスモーク オン ザ ウォーターはここの音なんですね。カーペンターズ LIVE IN JAPANもフェスティバルホールの録音だし、恐らく来年か再来年に発売されるだろう 山下達郎 LIVE CD ”JOY 2“も旧フェスティバルホールの録音がかなり含まれると思われます。

なんて書いているうちにまた4000字超えてしまいました。
このレッドカーペットの階段上がって席に着いてから、ライブの本編は次回の投稿に致します。
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まあ、次回と行っても今回は来週には上げられる(かな?)(笑)
どうも話しが横道にそれるというか、あれもこれも書きたがる悪い癖はいっこうに直りませんな。(汗)





ハワイでのマリンスポーツや島内ツアー等…ハワイの楽しさをたっぷりお届け!



2019年09月07日

1973年1月第1週全米TOP40

前回の投稿「1972」は、1972のビルボード年間チャートについて取り留めもなくと書いていったら、当ブログ史上最多の7000字を超えてしまい、最後まで読まれた方殆どいないんじゃないかなって程の冗長な投稿になってしまいました。
でもそれほど自分にとって1972年の洋楽はシンパシーを抱かせるというか、その後の音楽人生に影響を与えたヒット曲が多かったわけであります。

で、その時の資料=ラジオ関東から送ってもらったチャート表の裏に、翌1973年の第1週目のランキングが載っておりました。それを改めて見てみると、ある意味72年のチャートに匹敵するというか、1週でこれほど自分の好みの楽曲が集中していたんだ、しかも現在もしょっちゅう聴いている曲が沢山がチャートインしているという驚きの事実がありました。
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そこで、今回はそのビルボードチャート73年第一週のチャートとそれぞれの曲にまつわる自分の感想、想い出をこれまた冗長に書いてみたいと思います。(^_^;)

では早速第1位から
YOU'RE SO VAIN うつろな愛 カーリー サイモン 
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自分の意識の中ではカーリー サイモン最初のヒット曲。ベースから始まりピアノに続くイントロから、彼女の太めのアルト声。バックコーラスがミックジャガーニルソンだったことも話題になりました。

続いて第2位 CLAIR クレア ギルバート オサリバン
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前年 年間2位の超大ヒット曲 アローン アゲイン に続くこれも大ヒット曲。最後に出てくる女の子の笑い声が当時のラジオDJのみんな可愛いねって言ってましたね。

第3位 ME AND MRS.JONES ビリー ポール
これ不倫の歌だったのかな?凄くヘビーなソウルバラード。この辺りからソウルミュージックに少し興味が沸く様になりました。

第4位 SUPERSTITION 迷信 スティービー ワンダー
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自分にとってはスティービー ワンダーの存在を初めて知った曲。クラビネットのリフは今のお若い方でも必ず聴いたことがあると思います。CAR POOL KARAOKEに スティービー ワンダーが出た際にも最初に歌われましたね。
https://www.youtube.com/watch?v=qqrvm2XDvpQ

第5位 FUNNY FACE / DONNA FAGO
これは絶対日本ではヒットする訳のないカントリーソング

第6位 IT NEVER RAINS IN SOUTHERN CALIFORNIA カリフォルニアの青い空 アルバート ハモンド
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これは誰でも知ってますよね。あまりにも有名な曲。サンソン次回のベタリクにリクエストしてみよう!

第7位 ROCKIN' PNEUMONIA & BOOGIE WOOGI FLU ロッキンブギウギ  ジョニー リバース
「ロック肺炎とブギウギインフルエンザ」 と言うタイトルのご機嫌なロックンロール。ベテラン ロックシンガーの久々のヒット曲

第8位 YOUR MAMA DON'T DANCE ママはダンスを踊らない  ロギンス&メッシーナ
これは日本でもかなりヒットしました。後にフットルースの大ヒットを飛ばすケニーロギンスとロックグループ POCOのジム メッシーナのデビューヒット。その後も多くのヒット曲を飛ばしました。音楽とは関係無いけどメッシーナはサッカーのメッシとよく似てるんですよね(笑)

第9位 SUPERFLY スーパーフライ   カーティス メイフィールド
同名映画のタイトル曲で、ソウルミュージックもカッコいいな、って思わせてくれた何曲かの中の一曲。
あのSUPERFLYはここの曲から名付けたんですって。

第10位 YOU OUGHT TO BE WITH ME  アル グリーン 彼の良さが分かったのはつい最近のこと

ここまで書いても、現在まで燦然と輝く歴史的ヒット曲が凝縮された週だったんですね。

この後も凄いですよ!(笑) 歴史の試練に打ち勝ち現在でも十分に鑑賞に堪えうる名作が目白押し
第13位 CROCODILE ROCK クロコダイルロック  エルトン ジョン
今上映中の ロケットマンからつづくエルトンジョンの一連のヒット曲の中の一曲

第15位 DON'T LET ME BE LONLEY TONIGHT  ジェームス テイラー
竹内まりやがアメリカ留学中に一番良くラジオで聴いた曲、って夫婦放談で行ってました。
そうだ、まりやさん1年間のアメリカ留学は1973年だったんですね!

第20位 SWEET SURRENDER スイートサレンダー   ブレッド
出すシングルがすべて大ヒットしていた頃の一曲。

第21位 PIECES OF APRIL ピース オブ エイプリル   スリードッグナイト
こちらも出す曲が次々とヒットになっていたTHREE DOG NIGHTの有名曲。これを作ったのはあのマスターズトーナメントのテーマソング:オーガスタを作り歌ったデイブ ロギンス。先程のケニーロギンスの従兄弟。
改めて聴くと、とてもいい曲です。

第22位 HI HI HI ハイハイハイ  ポール マッカートニーとウイングス
ポールのロックンロール曲で日本でも当然大ヒットしましたが、不思議なことにここ数十年ラジオから聞こえてきた試しないですね。みんなMY LOVEかけるからかな?

第23位 I WANNA BE WITH YOU 明日を生きよう  ラズベリーズ
エリック カルメン率いる ラズベリーズの前年のGO ALL THE WAY に続くヒット曲

第25位 OH BABE,WHAT WOURD YOU SAY  ハリーケーン スミス
日本じゃ殆ど流行らなかったけど、これは名曲だと思います。いい曲です!

第27位 PAPA WAS A ROLLIN' STONE  テンプテーションズ
自分がR&Bも好きになった決定的な一曲。ソウルってこんな都会的な曲もあるんだって驚いた記憶があります。のちにプログレッシブソウルなんて呼ばれましたが、まあそんな感じでしょうか。

第31位 DO IT AGAIN  スティーリーダン
これぞ STREEY DANのデビュー曲。最初聴いた時、時代の流れから黒人グループだと思ったのですが、その声の主こそドナルド フェイゲンで、それから46年間ず〜と自分の最も好みのなロックグループであり続けています。
途中で流れるエレキシタールのソロは、ソロ楽器として使われた初めてのケースだと、サンソンエレキシタール特集で達郎さんが解説しておりました。

第34位 DANCING IN THE MOONLIGHT  キングハーベスト
ワンヒットワンダー(1発屋)ですが、後年サンデーソングブックでもかかって、「時代の試練に打ち勝つ」エバーグリーンな曲ってのはこんな曲のことを言うんでしょう。イントロのエレピの音が可愛く、サビのメロディと歌詞が印象的。曲のタイトルからして達郎さんのライブの定番曲に続くメドレーでも出てきたことがあります。
https://www.youtube.com/watch?v=hMc8naeeSS8

第35位 ROCKY MOUNTAIN HIGH  ジョン デンバー
あのカントリーロードに続くジョンデンバーのヒット曲。コロラドのロッキー山脈の大自然(行ったことありませんが(^_^;)を想像させる透き通った声が印象的なナンバー。

第37位 JUNBALAYA ジャンバラヤ   ブルーリッジレンジャーズ
ブルーリッジレンジャーズってグループじゃなくて、CCRのジョン フォガティのワンマンバンドですが、カントリーのベタなスタンダードを歌っても、やはりCCRのあの声があればヒットするんだよね。

第38位 YOU TURN ME ON,I'M A RADIO 恋するラジオ   ジョニ ミッチェル
私が最も敬愛する洋楽女性シンガーソングライター ジョニ ミッチェルが、フォークシンガーからフュージョン/ジャズオリエンテッドへの変化していく直前の作品。

第40位 REELIN' AND ROCKN'   チャックベリー
前回にメンションした通り、こんな人まだ新譜出しているんだ!パターンのチャックベリーですが、この曲かつての自身のヒット曲というか代表曲のライブバージョンだったのを知ったのは、2年ほど前に彼が亡くなった時にサンソンでやったNON-STOP CHUCK BERRYによってでした。

と言う訳で、今回も60年代以降生まれの方には、ここに上げた殆どの曲についてさっぱり分からないかも知れませんが、今聴いても古さを感じさせない「普遍的」な楽曲が目白押しであります。少しでもご興味あったら聞いてみてください。ほぼ全曲がアップルミュージックやスポティファイで聴けるはずです。

今回も4500文字になってしまった。(^_^;

次回は、大阪まであの人の「追っかけ」に行った話し の予定です。










2019年08月17日

1972

今年は2019年。この夏ウッドストックから50年経つんですね。

1969年はロックミュージック史上に燦然と輝く名盤が数多く生まれた年です。
レッドツェッペリン、キングクリムゾンがデビューし、ローリングストーンズ、ザ・フーがその長いキャリアでも最高傑作を発表し、アメリカでもシカゴ、CSN&Y、グランドファンクレイルロード、オールマンブラザースバンドがデビュー。正に百花繚乱な年。またビートルズが実質解散したのもこの年でした。

SUPER FLYに1969って曲がありますが、世代の全く違う彼等(彼女)がなんでこう言う曲作ったかの興味は今回はさて置くとして、自分にとっては中学に上がる年で、ラジオの深夜放送から流れてくる洋楽=ロック、ポップスに触れ始めたのがこの1969年でした。
ラジオからは聞こえてきても何がいいのか分からなかった曲もあったし、これカッコいい!って感じた曲、バンドもありました。でも大半は背伸びして分かったふりして聞いていたのかな。

でもそこから今日に至るまでず〜っと欧米のロック、ポップスを聴き続けています。

そんな中で自分にとって最もエポックメイキングな年は1972年であります。
ちょうどその年にラジオ関東(いまのラジオ日本)で毎週土曜日22時から「全米TOP40」という米国ビルボードチャートトップ40曲を全曲紹介する番組が始まり、毎週2時間聴き入っておりました。本国のDJがケーシー・ケイスンという人で日本版の解説が湯川れい子さん。
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当時日本で有名なミュージシャン、例えばカーペンターズ、スリードッグナイト、ブレッドなどの新曲が日本発売前に聴ける事に加え、その名前さえ知らないシンガー、グループのヒット曲から大いに刺激を受けたものです。また、え?!こんな人まだ新曲リリースしてるんだみたいなシンガーもチャートインしていたり、アメリカでも全くの新人の曲がチャート1位になったり・・・。

今回このブログを書くに当たって、当時ラジオ関東から送ってもらった1972年の年間チャート表を見返してみると(しかし、46年前のこんなものよく取ってあったと自分でも感心しております)如何にこの年の洋楽ヒット曲に今の自分が影響されてきたかが、よ〜く分かりますね。
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そこで、このチャートに従って、1位から順に自分のその曲に対する想い出、思い入れを書いてみたいと思います。さすがに80曲全部は無理なので、特に自分が好きな曲、有名曲に限定します。

第1位 ロバータ・フラック 愛は面影の中に 
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この曲が年間1位だったなんて想像出来なかった、と言うより当時この曲知りませんでした。日本人の誰しもが(この表現へのツッコミはご容赦)ロバータ・フラックと言えば「やさしく歌って」KILLING ME SOFTLY IN HIS SONGなのですが、その前に年間1位の大ヒット曲があったのですね。こんな地味な曲が年間1位になるなんてアメリカの音楽ファンは大人だな なんて思ったものです。でも考えてみれば当時の洋楽リスナーは日本では若い世代が殆どですが、アメリカ人にとってみればこれが「歌謡曲」なんですものね。
でも大人になった自分が今聴くと、とてもいい曲です。

第2位 ギルバート・オサリバン  アローン・アゲイン・ナチュラリー
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ボクはこの曲か、次に上げる第3位の曲が年間1位だと思ってました。本国イギリスでは違うと思うけど、
これが実質アメリカでのデビュー曲の筈。違ってたらごめんなさい。こういうのが所謂名曲とよばれるのでしょうね。今でも日本のラジオ局で良くかかる大ヒット曲です。
   
第3位 ドン・マックリーン アメリカンパイ
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8分以上あるとても長い曲でシングル盤のA,B面に別れていたと記憶しますが、ひと言で言えば「アメリカのロックンロールの歴史とその喪失感を歌った曲」で当たらずとも遠からずかな。
これも彼のデビュー曲の筈。日本でもかなりヒットしました。

第4位 ニルソン ウィズアウト ユー
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ボクが最も敬愛するシンガーソングライター ハリー・ニルソンの最大ヒット曲。でも彼の作曲ではないんです。彼の歌唱力が最大限に発揮された曲で、日本でも大ヒットしました。名作アルバム NILSSON SCHMILSSONのB面1曲目に収められていた曲。ちなみにボクのハンドルネ−ムは・・・。

第5位 サミー デイビス ジュニア   キャンディ マン
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先に述べた「こんな人まだ・・・」の典型例。大御所だけどラスベガスでショーやってる位かな?なんて思ってたら全米No.1出していました。日本ではサントリーのCM流行りましたよね。でも50歳以下の人には分かんねーか(笑)

以下、自分の思い入れが強かった曲をつらつらと上げてみます。

第10位 アメリカ 名前の無い馬
アコギのコード2つだけで延々と奏でられるロック/ポップ史上に残る一大名曲だと思います。アメリカというバンド名だけど、イギリス出身のグループ。これがデビュー曲。

第13位 ステイプルシンガーズ  アイル テイク ユー ゼア
黒人の父と娘三人のR&Bグループ。延々と続くベースの同じフレーズにのってソウルフル歌われる名曲ですが、これも72年の曲だったって、今回認識しました。このグルーヴはブラックじゃないと出せないかな。
「渋い」って言葉はやりましたけど、これぞ「渋い」曲の典型例。

第14位 チャック ベリー マイ ディンガリング
これも「こんな人まだ・・・」の典型例でした。全米TOP40を初めて聴いた回でこの曲が1位で驚いた記憶があります。

第17位 チャイライツ オー ガール
それまでソウルミュージックってあまり好じゃなかったのですが、これは良かったな、って思いました。

第20位 ニール ヤング 孤独の叫び
この曲も72年だったんですね。日本でも大ヒット。今この曲を聴くとセイヤングやパックインミュージック、オールナイトニッポンを聴いていた頃を思い出します。

第21位 スタイリスティックス ベッチャ バイ ゴーリー ワウ
当時は気にならなかったけど、今聴くといい曲ですよねぇ。パット メセニーがアコギでやってるの聴いてから余計にそう思う様になりました。

第26位 ムーディ ブルース サテンの夜
ブリティッシュプログレの一大名曲もアメリカでは後出しで、72年にヒットしたんですね。元は67年くらいの曲の筈。

第28位 ホリーズ 喪服の女
60年代イギリスの大人気バンドも、グラハム ナッシュが抜けた後もヒットを飛ばしていて、この曲は正にクールなロックンロール。ボーカルのエコーがカッコ良く、個人的にはこの72年のリストの中でも1〜2を争う好きな曲です。

第35位 ラズべーリーズ ゴー オール ザ ウエィ
エリック カルメン率いるラズベリーズの最初のヒット曲。威勢のよいイントロから歌が始まるとガクっときます、今聴いても。

第40位 エルビス プレスリー  バーニング ラブ
これも「こんな人まだ・・・」でしたが、この2年前の映画エルビス オン ステージを5回観た10回観た、なんて自慢話が蔓延していた時代だったから、これはアリなのかなと思いました。ホコホコ バーニンラ〜

第42位 バッド フィンガー デイ アフター ディ
自分の人生で最も感動した洋楽曲の中の一曲「嵐の恋」に続くバッド フィンガーのセカンドヒット。ニルソンのウィズアウトユーは元々バッドフィンガーのオリジナルでした。

第43位 エルトン ジョン   ロケットマン
今やっているあの映画のタイトル曲も72年のヒット曲でした。同時期のエルトンのヒット曲にクロコダイルロックや土曜の夜はボクの生きがい、ベニーアンドジェッツなどがありました。

第45位 ジム クロウチ  ジムに手を出すな
すごく優しい曲をすごく優しい声で歌うジム クローチが翌年飛行機事故で亡くなったのを聞いたのもこの番組でした。とても悲しかった記憶があります。

第47位 ダニエル ブーン ビューティフル サンデー
あのビューティフルサンデー であります。アメリカでもヒットしてたんですね。(^_^;

第48位 キャット スティーブンス  雨に濡れた朝
印象的なピアノのイントロはイエスのリック ウエイクマンが弾いていた筈。名曲です。

第51位 マイケル ジャクソン ロッキン ロビン
なんて達者なガキだと思いました。でもこの年マイケル既に14歳だったんですね。

第52位 ブレッド エブリシング アイ オウン
ソフトロックの代名詞的存在のブレッドがデイビッド ゲイツ作詞作曲ボーカルの数多くのヒット曲を連発していたのは70〜73年のこと。これもその中の一曲。

第56位 Tレックス バング ア ゴング
あの マーク ボランのTレックス、ゲット イット オンはこのタイトルでアメリカでもヒットしました。武道館にライブ観に行ったけど、へたくそだったよな。

第58位 ポール サイモン  母と子の絆
ポール サイモンがその当時目新しかった「レゲエ」のリズムを取り入れたことで話題になった曲。

第63位 デレク アンド ドミノス   レイラ
この曲72年にチャートインしてたんですね。ここで書いていて初めて気が付きました。

第66位 スリー ドッグ ナイト ブラックアンド ホワイト
70年代に大ヒット曲連発していたスリー ドッグ ナイトの72年最大のヒットはこの曲。ネバー ビーン トゥ スペインも72年の77位にランクイン。 

第69位 カーペンターズ  ハーティング イーチアザー 
ヒット曲満載のアルバム「ア ソング フォー ユー」からの最初のシングルヒット。この曲のオリジナルがあのアメリカンウーマンでお馴染みのカナディアンバンド「ゲスフー」だと知ったのはつい数年前のこと。

第70位 ニルソン ココナッツ
ニルソンシュミルソンからの3枚目のシングルはアメリカでは結構ヒットしました。昨年のサンデーソングブック ワンコードソング特集でこの曲かかりましたが、リクエスト出来なかったワタクシとしては一生の不覚でした。(大げさか)

第78位 アリス クーパー スクールズ アウト
いい意味で見世物的なステージングで話題だった同バンドの最大のヒット曲。LPのジャケットがアメリカのハイスクールのデスクになっていて蓋を開けるとレコード盤が紙パンツに入っていたのが話題になりました。

第79位 シカゴ サタデー イン ザ パーク
ブラスロックの盟主、シカゴ中期の代表曲。日本でも大ヒットしたこの曲はシカゴのリグレーフィールドとヤンキー・スタジアムで土曜日にヤンキースの試合がある時に流されるそうです。


と言うわけで、えらく長くなっちゃいました。(7000文字オーバーって凝れば凝るほどの最高記録になっちゃった)
でもこの年1972年はそれほどの名曲が生まれ流行った年だったのです。
でも曲知らない方、お若い方には何の事やらさっぱり分からんとお思いになられるでしょう。
一曲ずつYou Tubeのリンク貼り付ければ聴けるけど、そこまでしてもいったい何人の人が聴くのか分からないので、興味がある方はご自分で捜してください。

で、先に上げたトップ80一覧表は、当然1973年の1月に送られてきたわけですが、その裏側に73年1月一週目のTOP40ランキングが載っているのですが、これがまた凄い。
だって1位がカーリーサイモンの「うつろな恋」でスティービーワンダーの「迷信」が4位で、6位が「カリフォルニアの青いバカ」じゃなくて「青い空」で・・・
こりゃたまらんってことで、9月のブログは73年初頭ヒット曲特集にしちゃうおうかっなぁ?

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